”わたし”という感覚

今日は、“わたし”という感覚にまつわることを、書いてみたいと思います。
“わたし”という感覚を生じさせるものを、“自我”と呼ぶこともあります。
それは、外界や他者と区別して意識される自分ともいえるでしょう。
自我は“エゴ”と呼ばれることもあり、時折ネガティブな意味合いを伴いますが、人間として。この自我意識を持っていることは、生きている上でとても大切なこと。
この自我意識を持っているからこそ、わたしたちは、他者と自分とを区別して、“わたし”という感覚を持つことができますし、自分の身を守ったり、大切にしたりできます。
ところが、この“わたし”という意識が、普段あまりはっきりしないケースがあります。
それは例えばどのような状態かというと、今考えている内容が自分のものなのか、そうでないのかがよくわからない、とか
人のことを自分のことのように感じすぎて、それに翻弄されてしまう、とか。
もともと、自分と他人との間に境界が引きにくく、共感能力が高い人に、そのような人が多いように思います。
共感能力が高いことは素晴らしいこと。
ですが、そのことによって、やりづらさや結構な消耗を感じている場合は、自分以外のことに意識が向きがちになり、自分自身の感覚や感じていることを大切にできているかどうかを、一度チェックしてみることをお勧めします。
自分以外のものと繋がったり、自分以外の何かを敏感に感じ取ることを行うのは、まず自分が自分として生き、自分自身にしっかりつながってから。
そうすることで、ふわふわした浮遊感なく、しっかりと地に足をつけて、“わたし”という安定した基地を基点として、自分以外の存在とコンタクトを取ったり、外側の何かにアクセスたりすることができます。
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最近感じている意識の変化について、お話してみました。
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